僕らが本屋の未来を変えるまで

リトルスタッフ開発や日々の取り組みについての記録

何の本を紹介するかより誰が紹介するかの方が大事

リトルスタッフを「個人が"本との出会い"をコンテンツとして発信するプラットフォーム」にリニューアルする - 僕らが本屋の未来を変えるまで
リニューアルまで設計や進捗を残していきます。


本屋にしても読書家にしても書評家にしても、色々な人が毎日色々な本を紹介している。
読書ログ系のサービスじゃなくてもTwitterInstagramなどSNSで発信している人も多い。
僕もSNSやブログで読んだ本を発信したことが何度もある。

だから個人として発信する人の気持ちは良く分かる。
自分が読んで感銘を受けた本は紹介したいし、どこが自分に刺さったのかも発信したくなる。読書感想文は自己表現だ。

また個人ではなく本屋として本を紹介するのも理屈は分かる。
そこには個人と同様に発信したい気持ちがあるのかもしれないし、単純に広報として紹介しているだけかもしれないが、目的は想像できる。

こうして「発信側」の感覚は分かるが、一方で「受信側」になった時には、僕はほとんど他人による本の紹介を参考にしない。
読むことがあるとすれば本に興味を持っているのではなく、その人がどういう流れで何故その本を、という「相手」に対する興味による。
相手の興味から入って「この人がそんな体験をしたなら読んでみようかな」と本への興味に移る。
相手への興味なしに紹介された本に興味を持つことは、記憶の中では前例がない。

特に相手のストーリーが見えることが重要で、「何でその本を読もうと思ったか」「読んでどう思ったか」という流れに強い興味がある。
僕は読書というのは小説だろうと技術書だろうと、自分の中で足りない何かを補うために読むものだと思っている。
何かのスキルが足りなければ関連書籍を読むし、恋愛を求めていたら恋愛小説を読む。意識的にしろ無意識にしろ本に何かを求めている。

僕が読書ログや書評や本屋の本紹介に興味を示さないのは、それらは綺麗に本の概要や印象を伝えてはいるのだけど、そこに投稿者のストーリーを感じないからだ。

(加えてもう一つ大きな要素として投稿されている本のジャンルが今の自分の興味と重なるかどうか、というのはあるけど)

そういう僕の経験や感覚もあって、今回のリニューアルでは「何の本を紹介するか」ではなくて「誰が本を紹介するか」に焦点を当てている。
UIの話になるが例えば同じ本の投稿(紹介)でも、投稿者の数だけ専用ページが存在することになる。
既存の読書ログサービスは同じ本に対するコメントはそのページにまとめられるので、ここが大きな違いになる。
焦点を当てているのが本か人か。

僕は(相手との関係性がなければ)他人の紹介を参考にしないと書いたが、もちろんそうじゃない人達がいるのも分かっている。
だからこれまで通りそういう紹介があることを否定しないし、必要なものだと思うけど(典型的な例が書店POP)、僕が作ろうとしている世界はそっちではない。
僕は自分が欲しい世界を自分の手で作る。

そんなわけで「本ではなく人に焦点を当てる」つもりなのだけど、進めている画面設計ではどうにもそれが表現できていない。

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この投稿詳細では10人見たら10人「本のレビュー」にしか見えないと思う。
「誰がどういう感情で投稿したか」ではなく「どういう本か」を説明しているページにしか見えないだろう。



同様に昨晩はユーザーのマイページを画面設計していて、こんな感じになっている。

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これも「読書レビューかな?」という印象が強い。人に焦点を当てている世界観を表現できていない。
UIの問題なのか、必要な情報(仕様)が足りないのか。いずれにしろ、このままではまた失敗する。
「出会った本を投稿する?投稿して"いいね"とかコメントもらうだけならSNSでいいじゃん」となるのは目に見えている。

画面を作りつつ、そんなことを考えている。

日記

リリース期限まで65日。
「初期リリースで必要な画面(機能)」はもう少し絞れるかもしれない。
例えばランキングは初期リリース時点では不要だった。

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